2024年5月に公開されたトレーラーを起点として巻き起こった『アサシンクリードシャドウズ』をめぐる炎上騒動。批判派と擁護派はSNSやコメント欄で衝突したが、よく観察すると両者はほとんど「別の議論」をしていることがわかる。
あの騒動から約1年半、今も尚SNSでは定期的にこの議論が過熱化する。
一体何がその対立を生み続けているのか、解剖してみよう。
そもそも何が燃えたのか——発端を振り返る
『アサシンクリードシャドウズ』は、Ubisoftが開発・発売するアクションRPG。舞台は戦国時代末期から江戸時代初期にかけての日本で、プレイヤーは忍者の奈緒江と、実在の黒人剣士・弥助をモデルとした侍キャラクターを切り替えながら操作する。2024年5月のトレーラー公開直後から、とりわけ日本国内外のSNSで大規模な議論が勃発した。
公式の日本向けトレーラーや関連プロモーションには、一時「歴史に忠実」「史実を丁寧に再現」といったニュアンスの宣伝文句が使われていた。Ubisoftの日本公式アカウントもキャンペーン当初からその方向でコミュニケーションを取っていたとされる。

批判派が最初に反応したのは、まさにこの「史実」という言葉だったが、日本国内の初期反応はむしろ穏やかで、「弥助は他の作品でも似たような描かれ方をしている」「面白ければ良い」という擁護に近い空気だった。UBI自身が『歴史に忠実』『正確性』と繰り返したことで、初めて『それは違うだろ』と火がついた。逆説的だが、Ubisoft自身のプロモーション戦略が炎上の燃料になったという見方は、批判派・擁護派の双方にとって確認すべき重要な視点である。
4つのレイヤー——議論が噛み合わない構造的理由

この炎上を単一の「弥助問題」や「DEI問題」として語ろうとすると、どうしても全体像が見えにくくなる。批判と擁護が独立したレイヤーで同時並行していて、それぞれの層に立った論者が互いの議論を「論点ずらし」と受け取ってしまう構造だ。
- アサクリIPとしての適合性——批判派は「アサクリは現地人に没入するシリーズ。中国編ですら主人公は中国人だった」とIPの一貫性を問う。擁護派は「弥助は実在人物を主人公にする初の試みとして面白い」と個別キャラクターの新鮮さを評価する。批判派はIPの文脈で語り、擁護派は一キャラクターの面白さで語るため、そもそも射程が違う。
- 歴史改竄問題——批判派は「Ubisoftが『史実』と宣伝した時点でフィクションの自由は放棄されている」「弥助研究者ロックリー氏によるWikipediaの長期改竄が偽史を拡散させた」と主張する。擁護派は「英語原文では一貫してhistorical fictionと言っていた。『史実に忠実』は日本側の意訳だ」と反論する。同じ「UBIの発言」を参照しながら結論が正反対になる構図だ。
- DEI/イデオロギー問題——批判派は開発陣が「私たちの侍」「日本人ではない私たちの目になれる人物を探していた」と発言したことを問題視する。「DEIを掲げながら日本人をDEIの対象から外している」という矛盾の指摘は、ゲーム1本ではなく業界構造への批判として展開される。擁護派は「DEI批判は人種差別の隠れ蓑」「些細な要素にイデオロギー対立を持ち込むな」と返す。ここでは批判派が業界構造を語り、擁護派が個別ゲームを語る。
- 企業の誠実性問題——批判派は「日本向けには炎上後に謝罪する一方、海外では『歴史に忠実』アピールを続けた二枚舌」「関ヶ原鉄砲隊の旗の無断使用、二条城松鷹図の商用利用疑惑など不誠実さが累積している」と指摘する。擁護派は「著作権問題は当事者間で解決済み。問題は処理されている」と個別の解決状況を示す。批判派が「累積するパターン」を見ているのに対し、擁護派は「個別案件の処理結果」を見ているため、また噛み合わない。
4つのレイヤーが存在するため、議論の参加者が無意識に異なるレイヤーに立って発言し続け、相手の主張を「論点ずらし」と感じる——これがこの炎上が「永遠に終わらない」ように見える最大の理由だといえるだろう。
擁護派の「火消しムーブ」と批判派の「自爆要因」

擁護派側では主に4つのパターンが指摘されている。
①「誤訳・曲解だ」論法:「英語原文はhistorical fictionだったのに日本の翻訳者が『歴史に忠実』と意訳した」という主張。一定の事実を含む可能性があるが、たとえそうだとしても「日本市場向けプロモーションを翻訳者に丸投げしていた」という別の企業責任問題が生まれる。また海外インタビューでも「歴史に名を遺す屈強なアフリカ人の侍」という表現は使われており、完全に翻訳問題に帰着させることはできないと分析は指摘する。
②「デマだ」論法:批判派の中には事実誤認や陰謀論レベルの主張も混ざっているのは事実だ。しかし「Ubisoftの二枚舌」「開発陣の発言内容」「文化考証の粗さ」といった核となる指摘は事実として確認されている。周辺のデマを叩くことで本質的な批判まで無効化しようとするのは、論理的には藁人形論法に近いと分析は評する。
③「白人なりすまし」論法:反ポリコレ勢力が日本人を装って参戦している事例は確かに存在する。しかし実際の日本人批判者を「偽日本人」認定して切り捨てる事例も多発しており、海外在住日本人YouTuberが日本語で苦言を呈した動画がヘイトスピーチ判定で非公開化された事例も確認されているという(後に解除)。当事者性を剥奪するこの論法は、特に不誠実だと指摘されている。
④「人種差別だ」論法:海外の批判勢の中には「黒人が主人公だから嫌」という人種差別的動機を持つ層が混ざっているのは事実だが、日本国内の批判の主流は「弥助だから怒っているのではない」「非日本人主人公は珍しくない」というスタンスだという。海外と国内の批判内容のズレを意図的に混同し、最も粗悪な批判を全批判派の代表として扱う論法と評されている。
一方で批判派側にも問題が指摘されている。DEI批判という共通項で海外の反ポリコレ勢力と日本側批判が合流したことで、「黒人主人公自体が嫌」という動機を持つ層が同じ「批判派」としてまとめられた。これは日本側の文化リスペクトに基づく指摘まで「人種差別」として無効化される燃料を自ら提供した形になった。また発売中止を求める署名が10万超を集めた一方、海外勢の参入により「署名のほとんどは外国人」という反論材料を与える結果になった点や、「弥助→ロックリー→USAID→グローバリスト陰謀」という連想ゲーム的な拡張が本来の批判の信頼性を下げた点も、公平な観点から記録しておく必要がある。
公式トレーラーと発売後の状況

騒動の中心となったゲームそのものについても確認しておこう。『アサシンクリードシャドウズ』は2025年3月20日に正式発売。プラットフォームはPC(Ubisoft Connect/Epic Games Store)、PlayStation 5、Xbox Series X|S。日本語字幕・吹き替えに対応しており、公式サイトおよびUbisoftのストアで購入可能だ。
発売前に公開された公式トレーラーでは、戦国末期の日本を舞台にした映像美と、忍者・弥助それぞれの異なる戦闘スタイルが紹介されている。
また、ゲームプレイを確認できる映像も公開されており、オープンワールドとしての日本の風景表現や戦闘システムの詳細が映し出されている。
発売後の商業成績については、欧州では2025年最大のヒットとなり、シリーズ史上2位の初日売上を記録したと報じられている。一方、日本市場での売上は全世界累計のわずか約1.6%にとどまった。
Ubisoftの経営状況についても、2025年度通期決算で売上が約20%減少、株価が急落し、Tencentからの大規模出資受け入れとアサクリ部門の子会社化が報じられた。シャドウズの炎上が直接の原因かどうかは分析が難しいが、もとよりUBIは壊滅的な社内状況であったことは見逃せない。
この騒動が後世に残すもの

擁護派にとってシャドウズはあくまで「1本のゲーム」であり、それ以外の要素はゲーム評価とは独立した政治的議論に過ぎない。メタレベルが根本的に異なるため、議論は永久に平行線をたどる。
どちらが正しいという単純な答えを出すことは難しい。ただ確かなのは、ゲームをめぐるこの種の論争が今後も起きうるということ、そしてその際に「相手がどのレイヤーで話しているか」を意識するだけで、議論の質はかなり変わりうるという点ではないだろうか。
発売から時間が経った今も、SNSでは批判と擁護の応酬が続いている。少なくとも「なぜ議論が噛み合わないのか」という構造を理解することは、次の炎上が起きたときの参考にもなるはずだ。

