中国発のオープンワールドゲーム『NTE(Once Human)』がリリースされて以来、ゲームコミュニティでは尽きることのない議論が続いている。ゲーム内に散りばめられた大量の「日本カルチャーネタ」が発見され、それが「愛あるオマージュ」なのか「無断使用のパクリ」なのか、プレイヤーの間で意見が割れているのだ。この問題はゲームの枠を超え、日中間における著作権・知財の文化的認識の差という、より大きなテーマへとつながっていく。
NTEで発見された「日本カルチャー」ネタ一覧
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まず、NTEのゲーム内で実際にどのような要素が「元ネタあり」と指摘されているのかを整理しておこう。プレイヤーたちのリポートによれば、その数はかなり多岐にわたる模様だ。
- ドラえもん『野比家』風の建物:外観・窓・屋根の色まで酷似しており、隣には土管3本の空き地まで再現されているとのこと
- クレヨンしんちゃん『野原家』風の建物:こちらも外観デザインが酷似していると報告されている
- Fate/stay night『冬木大橋』風スポット:橋のデザインや周辺の雰囲気が類似しているという
- ゆるキャン△風のキャンプ場ロゴ:ロゴのテイストが似ていると話題に
- 『8番出口』風の地下鉄空間:あの独特の蛍光灯照明と通路デザインを連想させる造りになっているようだ
- イニシャルD『藤原とうふ店』そっくりな豆腐屋:店の看板デザインや建物の雰囲気が酷似しており、隣にはパンダトレノ風の車まで置かれているという
- その他、「君の名は」「シュタインズ・ゲート」「メイドドラゴン」「フジテレビ」など複数の元ネタがプレイヤーの間で指摘されている
これだけ列挙すると、偶然の一致ではなく明らかに意図的なデザインが行われていることは疑いようがない。問題はそれが「どのカテゴリに属する行為か」という点だ。
「オマージュ」「パロディ」「パクリ」——3つの概念を整理する

この3つは日常的に混用されがちだが、「意図」「元ネタの明示度」「創造的変形の有無」「商業的リスク」という4つの軸で整理すると、それぞれの輪郭がはっきりしてくる。
オマージュ(hommage)とはフランス語で「敬意」を意味する言葉で、先行作品への深いリスペクトを込めて、その表現や要素を自作に取り入れる行為を指す。元ネタは「知る人ぞ知る」程度の暗示的な形で盛り込まれることが多く、ある程度の創造的変形も伴う。商業的リスクは比較的低いとされる。
パロディは、元ネタを明示的に模倣しながらも、笑いや批評・風刺の目的のために意図的に変形・誇張する表現手法だ。元ネタを知っていることが「前提」のため、著作権上はグレーゾーンになりやすいが、批評的表現としての保護を主張できる場合もある。
パクリは俗語的な表現だが、法的に言えば著作権侵害に相当する行為を指すことが多い。元ネタの存在を隠したまま、または最小限しか変形せずに利益を得ようとする点が、オマージュやパロディと決定的に異なる。
では、NTEはこの3分類のどこに位置するのだろうか。
NTEのケースは「グレーゾーン」——法律的な観点から考える

著作権法の基本原則として、「アイデア・表現二分論」というものがある。保護されるのは具体的な「表現」であって、「アイデア」や「コンセプト」「設定」そのものは保護の対象にならない。だからこそ「魔法少女もの」や「異世界転生もの」というジャンル自体がパクリにならないわけだ。
NTEの場合、キャラクターのビジュアルを直接コピーしているわけではなく、あくまで建物の「雰囲気」や「外観デザイン」を模倣している——という点がポイントになる。これは純粋なコピーとも言い切れず、かといってインスパイアと呼ぶには似すぎているという、まさにグレーゾーンに位置するといえるだろう。
注目すべきは、ドラえもんの著作権だ。原作者・藤子・F・不二雄氏は1996年に逝去されているが、著作権は死後70年間有効であり、2067年12月31日まで保護される。著作者が亡くなっても権利が消滅するわけではない点は、意外と知られていないかもしれない(出典:IP mag)。
NTEが「許容されるかもしれない」とされる要素と、「グレーゾーン」とされる要素を並べてみると、以下のように整理できる。
【許容される可能性がある要素】
- 完全な表現のコピーではなく、「インスパイア」レベルにとどまっている部分が多い
- ゲームの世界観として「日本カルチャーへのリスペクト」を前面に押し出している
- プレイヤーが「ネタ探し」として楽しむことを前提にした設計になっている
- 元ネタ作品と直接的な商業的競合関係にない
【グレーゾーンとされる要素】
- 著作権者の許諾を得ていない(少なくとも公式には確認されていない)
- 建物デザインは条件によっては著作物として認められる場合がある
- 基本プレイ無料だが課金型の営利目的ゲームである
このように並べると、NTEは「意図としてはオマージュ」でも「法的リスクとしてはグレー」という構造になっているといえそうだ。
「パクリ=リスペクト」——中国の文化的背景を多角的に分析する

なぜ中国のゲーム会社がこのような作り方をするのか、その背景を理解するには、中国特有の文化的文脈に踏み込む必要がある。
儒教的学習観の影響

儒教には「学而時習之(学びて時にこれを習う)」という言葉がある。師匠の技を完全に模倣・再現することが学習の出発点であるという考え方で、書道・武術・料理などの伝統技芸はすべて「型の完全模倣」から始まる。この哲学的土台が「模倣=学習の証、リスペクトの表れ」という価値観の源流になっているとも言われる。
さらに「最初に作った者が偉いのではなく、最終的に市場を制した者が本物」という実用主義的な価値観も存在する。先行者優位よりも結果を重視するこの考え方は、日本人の「オリジナルこそ価値がある」という感覚とは大きく異なる。
歴史的相対化の議論
中国メディアはしばしば「パクリはドイツで始まり、米国で盛んになり、日本で大々的に広まった」と主張する。確かに、日本も明治維新時や戦後復興期に欧米の技術を積極的に導入してきた歴史がある。「発展途上国が先進国の技術を模倣する」のは歴史的に普遍的な現象だという指摘は、一定の事実を含む議論でもある。ただし「だから知財侵害は問題ない」という結論にはならない点は明確にしておく必要があるだろう。
「中国=パクリ大国」という見方は過去のものになりつつある
重要なのは、現在の中国が知財の「被害者」でもあるという点だ。WIPOの統計によれば、2023年の国際特許出願において中国・ファーウェイ・テクノロジーズが世界1位を記録し、中国からの特許出願は世界全体の実に約47.2%を占めるほどになっている。また商標権・意匠権の登録件数でも中国は世界の半数以上を占めているという(出典:WIPO、Ipstart)。
2024年には中国の市場監督管理部門が知的財産権関連案件を67万5,000件近く取り調べ、税関では疑似権利侵害貨物8,160万件超を差し止めたと報告されている(出典:JETRO)。「中国=パクリを取り締まらない国」というステレオタイプは、少なくとも現時点では実態と乖離しつつあるのだ。

ゲーム業界特有の「模倣→改良→独自化」パターン
ゲーム業界においても同様の構造が顕著に見られる。任天堂の『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』からの強いインスパイアを受けつつも世界的な大ヒットを記録した『原神』が典型例として挙げられることが多い。NTEが日本カルチャーから大量に引用しながら独自の世界観を構築しようとしているのも、同じ「模倣→改良→独自化」という中国ゲーム業界の成長パターンを踏んでいると見ることができる。
NTEは「パクリ」か「愛あるオマージュ」か——議論の本質を探る
これまでの整理を踏まえると、NTEのケースは単純に「パクリかどうか」という二項対立では語れないことがわかる。
開発側の意図という観点では、NTEは日本カルチャーへの深い知識と愛情を随所に見せており、元ネタを「隠す」のではなく「プレイヤーが発見して楽しむ」コンテンツとして設計しているように見える。これはオマージュの構造に近い。
しかし法的・権利者的な観点では、許諾なし・営利目的・建物デザインの具体的流用という要素が積み重なり、著作権上のリスクを抱えていることも事実だ。
そして最も本質的な問題は、文化的認識の差にある。中国側の感覚では「日本カルチャーへのラブレター」として設計されたものが、日本の著作権者の視点からは「無断使用」として映りうる。どちらの感覚も、それぞれの文化的文脈では「正当」なのだ。
問題の核心は、知財に対するルールの「存在・不存在」の差ではなく、その「適用範囲と感覚の文化差」にある、というのが現時点での整理として妥当ではないだろうか。中国国内では「模倣=学習・リスペクト」が自然な文化コードとして機能してきたが、グローバル市場に出た瞬間に別のルールセットが適用される。NTEのような大型タイトルがこのやり方で日本市場に正面から入ってきたことは、ある意味でその文化コードの衝突を象徴する出来事だと言えるかもしれない。
この問題に対する答えは簡単には出ない。ただ少なくとも、「中国だからパクリに決まっている」という短絡的な断定も、「リスペクトだから何でも許される」という免罪符的な主張も、どちらも現実の複雑さを捉えきれていないことは確かだろう。プレイヤーとしても、批評者としても、より多角的な視点でこの問題を眺めてみることが大切なのかもしれない。

