DEIとは何か──60年の歴史を持つ考え方

「ポリコレ」「DEI」「woke」──2020年代のゲーム業界では、これらの言葉を巡る対立が、SNS上の議論にとどまらず、スタジオ閉鎖や株価下落にまで直結するほど深刻化している。
DEI(Diversity・Equity・Inclusion)は突然生まれた概念ではない。Britannicaの整理によれば、起源は1960年代の米国公民権運動に遡り、かつては「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」と呼ばれていた。2020年5月のジョージ・フロイド事件を機にBLM運動が世界的に拡大し、多くの大企業がDEI部門を設置。「DEI」という3文字略語が一般化したのはここ数年の話だが、考え方自体は60年来続いているものだ。
この理念自体には人事・教育の文脈で一定の合理性があるとされる。問題は、これがゲームという「作品の中身」に持ち込まれた際に何が起きたか、という点にある。
業界史に残る失敗例──ConcordとAC Shadows

2024年に業界を揺るがした事例として、まず挙がるのがSony・Firewalk Studiosのヒーローシューター『Concord』だ。約8年・報道ベースで2億ドル超の開発費をかけながら、2024年8月23日の発売からわずか14日でサービス終了、その後スタジオも解散という衝撃的な結末を迎えた。「イデオロギー的記号付けが先行した」と受け取られたキャラクターデザイン、競合が無料のところ4,480円という価格設定、ヒーローシューターというレッドオーシャンへの遅すぎる参入が重なった形だ。Sonyは後に「十分な差別化なく競争的な市場に参入した」と公式に認めている。
日本でも大きな議論を呼んだのがUbisoft『アサシン クリード シャドウズ』だ。弥助を主人公に据えたことを巡り、「日本文化への調査・敬意の欠如」と「DEI優先」への批判が分離不可能な形で絡み合った。史実考証の杜撰さ(同一シーンに春夏秋冬の植物が混在するトレーラーなど)、参考文献となった著作の著者による出典なき誇張記述やWikipedia改竄疑惑、実在する旗印・神社の無断使用なども問題視された。発売中止を求める署名は10万人超に達し、Ubisoftの株価も下落、株主から経営陣交代を求める声まで上がる事態となった。

「逆方向」の炎上──Stellar BladeとSweet Baby Inc.

韓国・Shift Upが開発した『Stellar Blade』(2024年)は、「ポリコレに屈しなかった作品」として支持を集めた一方、Day 1パッチで一部衣装の露出が調整されたことで「#FreeStellarBlade」キャンペーンやChange.orgの8万人超の請願が発生するという、珍しい「逆方向」の炎上を経験した。監督は「ソニーからの圧力ではなく開発側の判断」と説明しており、実際の修正は軽微なものだったとみられる。ただしこの事例は、アンチDEI感情が「魅力的な女性キャラを描く自由を守る」という戦線にまで拡張していることを示している。
業界の構造的な問題を可視化したのが、2023〜2024年に拡大した「Sweet Baby Inc.騒動」だ。カナダのナラティブ・コンサル会社Sweet Baby Inc.は、God of War Ragnarök、Alan Wake 2、Spider-Man 2など多数のAAAタイトルに関与。2024年2月、Steamに「Sweet Baby Inc detected」というキュレーターグループ(関与タイトルを警告するリスト)が急拡大し、フォロワー35万人超に達した。さらに2025年8月、CEOが「ナラティブビートやキャラクター造形に直接関わった」と認める発言をしたことで、「あくまで助言者」という従来の説明との矛盾が指摘されている。

「クリエイティブな挑戦」と「woke」は混同されやすい
一方で、すべての炎上が「DEIの失敗」に帰結するわけではない点も重要だ。『The Last of Us Part II』(2020年)では、ジョエル死亡という衝撃的なプロット選択へのファンの純粋な不満と、政治的バックラッシュが分離不可能な形で混在した。Abbyの筋肉質な体格はアスリートの身体スキャンに基づくものだが、物語構造と組み合わさって「意図的な描写」と読み取られた。Joel殺害はもともとナラティブ上の挑戦として設計されたものであり、一概にDEI目的とは言い切れないとの見方もある。
2024〜2025年は、GoogleやDisney、Metaなど大手企業がDEIプログラムを縮小・廃止する揺り戻しも顕著だ。ゲーム業界もこの大きなうねりの中にある。「正当なクリエイティブな表現の自由」と「過剰なイデオロギー的挿入」の境界線、そしてゲーマーの反発の中の「正当な批判」と「過剰な反応」の境界線──この問いへの答えは、業界全体がまだ模索中といえるのではないだろうか。

