「本来アニメやゲームの国である日本が作るべきゲームだった」——NTE(Hotta Studioが開発中の新作オープンワールドRPG)を引き合いに出したこのポストがSNSで話題を集めている。日本のゲーム業界は本当に「遅れている」のか、それとも全く別の構図が見えてくるのか。業界の実態を踏まえつつ、冷静に整理してみたい。
素朴な疑問だけど、なぜこのようなゲームを日本は作らないんだろう/なにもかも先を越されて日本の業界の人は悔しくないのかなあ/本来アニメやゲームの国である日本が作るべきゲームだった
気持ちは分かる。ただ、この感覚にはいくつかの「認識のズレ」が含まれているようだ。順に見ていこう。
「日本が作るべきだった」という前提、そもそも古い説

NTEを開発するHotta Studioも、原神のmiHoYoも、ルーツを辿れば日本のアニメ・ゲーム文化から強い影響を受けた会社だ。miHoYoは「日本のアニメ・ゲーム文化に強く影響された作風」を自ら特徴として語るほどで、「日本がやらなかった領域を、日本リスペクトのまま中国が引き取って完成させた」という構図に近い。
しかし注目すべきは、すでに「中国=日本のフォロワー」という時代ではなくなっているという点だ。NTEに至ってはGTA的な生活シミュレーションとガチャRPGのハイブリッドという、日本のどのスタジオも踏み込んでいなかった領域を開拓している。「真似されて悔しい」という話ではなく、「先に新ジャンルを作られた」という話であり、性質が根本的に異なる。
開発費の桁が10倍違う——精神論では埋まらない現実

ここが最も冷たい現実かもしれない。日本のスマホゲームの標準的な開発費は5〜15億円程度(モバイル平均は約4.65億円とも言われる)。一方、原神の開発費は100億円超、開発者500人規模とされている。単純計算で10倍以上の差だ。NTEはその後継世代にあたるため、投資額はさらに膨らんでいる可能性が高い。
なぜこれほどの差がついたのか。中国は14億人の国内市場を持ち、かつ「最も高額を支払うユーザー層」が存在するため、100億円を投資しても回収できる前提で動ける。翻って日本は国内市場が約5,000万人規模で横ばい。そもそも投資判断のスタートラインが違うのだ。これは「業界人が悔しがれば追いつく」という精神論で埋まる差ではない。
サイバーエージェントの一部プロジェクトやスクウェア・エニックスが挑戦しているタイトルもあるが、組織構造として500人を1タイトルに集中し続けることは難しい。日本の大手は複数IPを並走させるポートフォリオ型が基本で、原神型の「1本に全リソースを集中して10年運営」というモデルとは相性が悪い。
日本ゲーム業界は「負け」ていない——戦場が違うだけ

意外と語られない事実がある。日本のゲーム業界は2017年以降、実は好調が続いている。ゼルダ『ブレス オブ ザ ワイルド』、エルデンリング、モンスターハンター、ペルソナ、ポケモン——ゲームオブザイヤー(GOTY)のノミネート作品に、毎年日本産タイトルが半数近く入る状況が続いているのだ。
ただし、日本が強みを発揮しているのは「コンソール・買い切り型・IP駆動」の領域だ。「F2P × オープンワールド × 都市生活シム × 大規模ライブサービス」という中華系スタジオが確立したジャンルでは戦っていない。これは負けているのではなく、そこに張れるリソース構造を持っていないということに近い。海外のゲームジャーナリストの間では「日本の黄金期だ」と評する声も普通に存在しており、国内での体感とのギャップは大きい。
業界に近い人たちに話を聞くと、「悔しい」というより「住み分け」と感じている人が多い模様だ。中華スタジオがF2Pライブサービス×大規模オープンワールドで圧倒する一方、任天堂はファミリー向け・独自体験で別格の地位を築き、日本のサードパーティはIPと作家性で勝負している(フロムソフトウェア、カプコン、アトラスなど)。「あの領域は中華が取った、こちらは別の角度で勝負する」というのがリアルな反応に近いようだ。
「サバイバーバイアス」——日本に届く中華ゲームは全体の上位数%にすぎない

もうひとつ、見落とされがちな構造的な問題がある。日本市場に届く中華ゲームは、中国本土でのテストを経てグローバル展開にこぎ着け、さらに日本向けローカライズを勝ち取ったタイトルだけだ。原神、崩壊スターレイル、鳴潮、ゼンレスゾーンゼロ——私たちが「中華ゲーム」として認識している作品群は、全て何重ものフィルターを潜り抜けたエリート集団にすぎない。
中国国内で惨敗したゲームは日本に来ない。だから日本人の体感では「中華ゲーム=凄い」になるが、これは「中国産タイトルの上位数%しか目に入っていない」状態が生み出す幻想だ。実際のところ、TencentやNetEase、miHoYoといった大手であっても、出しているタイトル全部を当てているわけではない。
例えば、TencentグループのProxima Beta製でWoWに挑んだMMO「Tarisland」は2024年6月にサービス開始、しかし約1年4ヶ月でサービス終了。「ブループロトコル スターレゾナンス」の欧米サーバーも、初期と比べて同時接続者数が10分の1以下まで落ちているとの報告もある。中国国内のアニメ系ソシャゲ市場は「成長鈍化・バブル崩壊」と分析されている状況だという。
中華大手の戦略を構造的に見ると、これはいわばベンチャー投資型だ。100億円クラスの弾を複数本撃ち、大半が爆死しても、1本が原神級のホームランになれば全て回収してお釣りが来る。日本では1本に5〜15億かけて外したら部署が解散、という「弾数の少ない撃ち方」が基本のため、打席数が違えばヒットの体感も歪む。
懸念すべきは「次世代の文法を書く側」の地位

とはいえ、楽観できない点も確かに存在する。ひとつは人材流出だ。中国のゲーム会社は日本のクリエイターを高待遇で引き抜いており、kawaii表現や2Dアニメ的世界観を作る知見が中華スタジオに吸収されつつあるという指摘がある。
もうひとつは「次世代の遊び方を定義する側」の地位だ。原神が「ガチャ×オープンワールド」というジャンルを発明したように、NTEが「都市生活×ガチャRPG」を確立すれば、向こう10年のゲームの文法は中華スタジオが書く側になる。日本がそれを追いかける立場になる未来は、十分にあり得るシナリオだ。
冒頭の「悔しくないのか」という問いへの、業界目線での最もフェアな回答はこうなるかもしれない——「悔しがるべきは中華の成功ではなく、自分が中華の成功例しか見ていないことに気づいていない点かもしれない」と。「日本は爆死しまくり、中国は成功しまくり」という前提そのものが、情報のサンプリングの歪みによる観測者バイアスの典型なのだ。業界人から見れば、「向こうも死屍累々だよ」というのは常識に近いという。
日本のゲーム産業の現状は、「衰退」でも「勝利」でもなく、「戦場の選択と市場規模の現実」によって形作られたものだと整理できそうだ。その構図を正確に理解した上で議論することが、次の一手を考えるスタートラインになるのではないだろうか。

